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2015年11月号より

1978年度生 冨 川 秀 二

慶応義塾高校からニューヨーク州に留学
慶応義塾大学経済学部卒
ハーバードビジネススクールMBA
 三井不動産投資顧問社長(三井不動産グループ執行役員)

IF留学の後輩の皆さんへ

前回このニューズレターを書かせて戴いたのが、IF留学から10年経ったハーバードビジネススクール留学中の88年でした。MBA取得後ニューヨークに6年間駐在し、95年に帰国。その後、97年に自ら提案し創立した我が国初の機関投資家向け不動産投資顧問会社に、この4月からトップとして戻りました。
 これまでの30年余のキャリアの中で、不動産の証券化、Jリート、外国のソブリンウエルスファンドや国内の機関投資家の資金の不動産資本市場への導入、近代的なロジスティック倉庫の開発への参入など、常に我が国の不動産業にとって新しい事業分野の開拓に従事することができました。そんな私のキャリアは、IF留学を通じて培ったチャレンジ精神、忍耐力、相互理解のために相手の言うことに良く耳を傾ける姿勢などに支えられてきました。
 私も今から37年前に皆さんと同じように、IFを通じて留学し、私の場合ですとニューヨーク州の北部の人口2800人の小さな村で、一学年約40人の高校に入り、酪農を営む一家と校長先生のお宅に、半分ずつホームステイさせて戴きました。高校生という自由な立場、仕事上の利害関係や企業の追求する利益とはまったく関係のない環境の下、アメリカの社会に受け入れて戴き、ホームステイ先の家族と生活できる体験の貴重さ、意義深さは、今留学されていらっしゃる後輩の皆さんには、すぐには判らないかもしれません。私の場合、IF留学の後、日米学生会議に二度出席できたのも、パリに語学留学したのも、就職後にハーバードビジネススクールに留学したのも、「学生」という立場でしたが、大人・社会人になるに従って、仕事で知り合えるアメリカ人や海外の方々と率直に違う意見を交換したり、お互いの認め方を肌で学んだりすることは、だんだん難しくなると感じてきました。
 仕事上、海外の機関投資家に日本の不動産市場について説明することや、対日不動産投資のアドバイスをすることが多いのですが、「グローバル社会」と言っても、仕事を超えた個人同士の信頼関係というのは、そう簡単には実現できるものではありません。皆さんのように、10代の半ばから後半の年齢で、素直で豊かな感性と強い吸収意欲を持ってアメリカ社会に飛び込んでいるからこそ、体験的に相互理解力が身について行き、大学においても社会に出てからも、アメリカという国とアメリカ人を理解し尊重し合える日米の二国間関係の「礎」になっていけるのだと信じます。
 今、皆さんは、若さとエネルギーを武器に何事にも縛られることなく、留学先の高校の友人たちと交流し、ホストファミリーと暮らすことに一生懸命になっていると思います。このニューズレターが送られるのは、皆さんのアメリカでの生活が3ヶ月を経ようとしているときで、すっかり慣れてしまった方もいらっしゃれば、まだまだいろいろと悩みが多く、孤独感を味わっていらっしゃる方もおられると思います。
 私も、留学の最初の4カ月近くはそんな皆さんと同様に、浮き沈みのある毎日を送りました。当時は、ジミー・カーター大統領の農業奨励策のお蔭で、「脱サラ」で農業に従事される方も少なくなく、私のホスト・ファーザーもそんなサラリーマンOB酪農家でした。それ故に、毎日牛乳を搾れる成牛が50頭しかいない、大変小規模な農家で、人手は雇えず、16歳から5歳までの4人の兄妹も全員朝夕の搾乳と納屋の掃除を手伝っていました。私は、学校の勉強についていくため、早朝4時半からの仕事は勘弁してもらい、夕方は学校から帰宅後、毎日慣れない酪農の仕事に取り組み、随分鍛えられました。質素で忙しい酪農家にとっては、おかずの用意される「ディナー」は、家族全員で一緒に食べられる週末のお昼ご飯だけと決まっていて、学校の給食以外、いつも家ではハムとトーストだけの簡単な朝食・夕食だったことも、大変なカルチャー・ショックでした。成牛・若牛・子牛を合わせて90頭、馬が2頭、豚が10頭、ネコが15匹、犬が2匹いたため、家畜やペットの世話のためには家族旅行が一切できないことにもしばらくして気が付き、がっかりしたのを覚えています。
 ホームステイでは必ずしも楽しいことばかりでなく、つらいことも多かったですが、今振り返ると、東京の神田という都心に育った自分にとってはかけがえのない経験でした。ニューヨーク市やボストン市などの大都市での仕事相手・交渉相手、あるいはハーバード・ビジネス・スクールの同窓生の中に、ニューヨーク州北部の田舎の寒村で酪農家に育った方には滅多に会いません。IF留学での体験は、私に「自分は、アメリカの本当の田舎を知っている」、「アメリカを支える農家で生活したことがある」という強い自信を与えてくれました。アメリカの政治や経済を判断するとき、東海岸の大都市の方々も重要ですが、私が親しくさせて戴いたホストファミリーや高校の同級生たちは、アメリカ人の大半を占める、地方に住んでおられる方々の代表であると言えます。そういう草の根のアメリカを知ることは、IF留学を通じてでないと不可能だったでしょう。
 このような素晴らしいIF留学の機会を与えられた皆さんには、是非、留学先の高校の同級生やホストファミリーと苦楽を共にすることを、これからの人生の大きな糧として戴きたいと思います。そして、皆さんには、日米の橋渡し役としての重要な役割を、将来果たして戴かねばなりません。心より、応援しています。
 最後になりましたが、石月事務局長様をはじめ、IF日本事務局のスタッフの皆さまが、献身的にこのプログラムを支え、留学生をサポートしてくださっていらっしゃることに、OBとして深く感謝申し上げると共に、このニューズレターを通じて現役IF留学生に応援メッセージを送らせて戴ける機会を、誠に光栄に存じます。IFプログラムの益々の発展を祈ってやみません。

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