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2021年8月号より

1985年度生 丹下 哉子

私立玉川学園高等部からサウスダコタ州に留学。玉川大学文学部外国語学科卒業
伊藤忠商事に入社。その後、KPMGピートマーウィック(株)、ゴールドマン・サックス証券会社勤務を経て、現在ベネッセの英語教室BE Studio開講中。

「感謝の心」親子二代の留学

 2020年8月、私は娘と共に長い間クローズされていたアメリカ大使館から留学ビザの発給をしてもらえた事に安堵し、一方で新型コロナウィルス感染症のパンデミック終息の兆しが全く見えないこの時期に娘を留学させるか否か、日々葛藤の中にいました。私たち家族に決断をさせてくれたのは、この状況下、最後まで諦めず、懸命にホームスティ先を探して下さったIF事務局の方々と、ニュースでアジアンヘイトが頻繁に取り出されている中、快くホストを引き受けて下さったホストファミリーへの感謝の心でした。9月に入りいよいよ留学が現実的になり、感傷的になる間もなく飛行場へ向かい、出発ゲートで手を振って旅立つ娘の姿が、今も鮮明に思い出されます。もう30年以上も前に私の家族がこの気持ちで私を送り出したのかと、初めて当時の親の気持ちを知ることとなりました。
 私が留学していたのはサウスダコタ州、Sissetonという町で、当時の人口は3000人程、家から10km離れるとバッファローの大群に遭遇することもある、またインディアン居住区でもあったので、先住民の人たちが聖なる土地と敬うパワースポットが数多くある所でした。冬になると寒さが厳しく、外に出るのが危険なので学校がお休みという日も何日かありました。余談ですが、そこは1900年代に公開されたサスペンス映画「ファーゴ」の撮影現場にも近く、正に映画シーンのように、町で凶悪な誘拐事件が起こっているにもかかわらず、町民はマグカップ片手に “Yeah” と相槌を打っておしゃべりしているような、のんびりした人が多く住む町でした。
 学校では日本人を初めてみるという人ばかりで、興味津々に近寄ってくる友達に英会話もままならない自分が今できる事といったら漢字で名前を書いてあげることぐらいしかないと、必死に当て字を作り渡した所、ランチタイムには列ができました。未経験にもかかわらずバスケットボールチームに入ったり、柔軟性もないのにドリルチームでダンスをしたりと今考えると随分向こう見ずに挑戦しましたが、沢山の友達を得て、自分自身にも度胸と行動力が身についたのだと思います。
 何十年経った今でも初めてこの町に足を踏み入れた時の衝撃は忘れられませんが、途方に暮れている初日にホストマムのお父さんが作ってくれたアップルパイの味が最高だったことも忘れられません。そんな場所で10か月過ごすうちに、いつしかそこが第二の故郷となり、後に母を連れて再訪致しました。私のことを覚えてくれていた人達が学校に集まってくれて、丁度感謝祭の時期だったので、黒板に「感謝祭おめでとう」と日本語を書き、日本への質問に答えていたのが懐かしく思い出されます。
 現在、娘の留学の話を少しずつ聞いていますが、当時私が持ち歩いていた重くぶ厚い教科書に代わって、軽量のタブレット一つで通学していた事、SNSが普及して情報が溢れているお陰で、日本やアジアの音楽に興味のあるお友達と共通の話題で盛り上がったり、高価な国際電話で時間を気にしながら話す必要もなく、無料のコミュニケーションツールでやりとりできる事に「便利な世の中になったものだ」と感心してしまいました。娘も今回、沢山の困難を自分の力で克服したことにより、逞しく成長した姿を見せてくれましたが、この経験は周りの人々の助力によって成り立っている事に感謝の心を持ち続けて欲しいと願っています。
 高校留学が私にどのような影響を与えたかと今改めて考えてみると、そこで培った忍耐力、挑戦する力、他者に対する感謝の心が今も生きる上の大切な軸となっている気がします。現在は自宅で英語教室を開講していますが、留学したいという生徒さんに若いうちに日本を外から観察すること、異なる文化を知り、違う考えを受け入れる事がどんなに人生の糧になるかを伝えることが使命であると感じると同時に、一人一人の成長と将来を案じることが至福の時ともなっています。
 長い間、海外で暮らしている帰国子女の人たちに比べれば、10か月の交換留学では英語力は確かに足元にも及ばないかもしれません。しかしそこで得た経験は一生の宝物となり、自分自身の引き出しに生きる力を詰め込む事ができます。寂しい、虚しい、嬉しい、楽しいなどの様々な感情はその先の人生で苦境に陥った時、ひょんな所で引き出しから引っ張り出されて、自分を救ってくれる道具となるはずです。これから留学されるみなさんは、今頃期待と不安の中におられることと察しますが、未曾有のウィルスには決して奪う事ができない、唯一無二の経験をご自身の引き出しに詰め込んで持って帰ってきてください。陰ながら応援しています。
 巻頭言のお話を事務局長から頂いた際、身に余る大役と恐縮しましたが、ここで娘と思い出を共有させて頂けた事をとてもありがたく思います。また留学は十人十色とよく言われますので、私のつたない経験談も、今後ご出発される方々の何かのお役にたてばと思い、大変僭越ながら筆を執りました。
 最後にこのような非常時で、留学の決意が揺らぐ時期もあった中、強い信念と共に終始一貫して温かく見守ってくださったIF事務局の方々、目を輝かせながら留学生活を語ってくださった先輩方、現地の学校の先生方、ホストファミリーに親子二代で感謝の気持ちを表したいと思います。本当にありがとうございました。

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